はじめに

音楽は芸術表現のひとつであり、解釈や表現が自由です。芸術家はその自由な解釈やひらめきを常に作品の表現に適用していき、出来上がった芸術作品は変化に富んでいます。創造を「即興で行う」とも言えるでしょう。もしミケランジェロやピカソなどの偉大な芸術家たちが同じように絵を描いていたとしたら、彼らの作品はインスピレーションに欠けたつまらないものだったでしょう。芸術家は先人の作品を手本にしながらも自分自身の独創的な表現で新しい芸術作品を生み出してきました。芸術は時代とともに発展していき、新しく面白く時には奇抜なものにまで形をかえてゆくのです。

 

音楽も芸術としてその独創性が大切であることに変わりありません。誰もが同じ演奏ならコンサートやリサイタルにわざわざ足を運ぶ必要もなく、録音を購入するだけで十分でしょう。演奏家たちはどのように独創性を取り入れているのでしょうか。彼らは曲の特徴(メロディーやコード構成など)を把握した上で、自由な解釈でテンポを速めたり、コードを変えたり、メロディーをハーモナイズするなど、様々なテクニックを用いて元の形とは全く違った物にまで作り変えていきます。このように曲の特徴を保ちながらも思い通りのスタイルで演奏する、それを演奏の場で行うのが即興演奏です。そして同じ曲でも演奏者が異なれば演奏スタイルが異なります。人それぞれの話し方は同じ言語でも文章や言い回しに違いがあり、同様なことが音楽にもあてはまるのです。

 

即興演奏がもたらすものは独創性だけではありません。即興演奏によって楽譜を読む作業から解放され、自分のスタイルで心の向くまま表現したい音を奏でる事に専念できます。即興演奏に必要なものは、曲を完全に再現した楽譜ではなく、むしろ曲の基本構成となるコードとメロディーだけです。その「骨格」と「方向性」さえ把握したら、ピアノの前に座り演奏を始め演奏を通して各部分に肉付けしていくことが出来ます。その場で文字通り無から新しい曲を創造することさえ可能で、即興演奏により自由に音楽を表現することが出来るようになるのです。

 

楽譜を素早く読み取り高度な演奏技術でそれを正確に弾きこなせるのは素晴らしいことです。しかしそこには無い魅力が即興演奏にはあります。プレーヤーとミュージシャンの違いを考えてみましょう。プレーヤーは、演奏の為の指示や題材を必要とします。具体的には、演奏にあたって前もって用意された楽譜が必要で、それに基づいてピアノを演奏します。これが一般的にはピアノが弾けるということでしょう。しかしプレーヤーにとって用意された楽譜なしには演奏を始めることが出来ません。例えばmp3プレーヤーを思い浮かべてみて下さい。mp3プレーヤーはmp3ファイルを読み込む事無しには演奏を開始する事が出来ません。単に演奏する対象がないからです。ミュージシャンとは、プレーヤーであり、同時に即興演奏をする人を差します。クリエイティブなマインドを持ち、自分の曲を創造でき、好みのスタイルを用いて、その曲を自由に演奏する事が出来る人です。即興演奏をすることとは、オリジナリティに溢れ、そして自由であること、といえます。クラシックピアノ奏者を含め全てのピアノ奏者にとって、即興演奏をすること、そして耳で演奏する事は習得可能ですし、ぜひ学んで欲しいと願っています。